31歳からの数学修士

なぜ再び数学するのか

ε と δ 〜 無限小の代理人

どうも、佐野です。

月曜日から5日間、上海で開催された wsdm2015 というカンファレンスに参加していました。ウェブ検索とデータマイニングに関する最先端の話題に触れることができ、とても刺激になりました。

さて、今日は  \varepsilon\delta 論法についてです。

その昔、中国の唐の時代、雲門という禅僧が修行のためにあるお寺に入門しようとしたところ、三日連続で拒まれ、ついには追い出され際に門に足を挟まれて骨を折られてしまう(そしてなぜかそれによって悟りを開く)ということがあったそうなのですが、僕は数学の「入門」もこれに近いものがあるように思います。

大学における数学の入門書として名高い東大出版会の『解析入門』は『解析門前払い』という異名のつくほど難しく、高校で「俺、数学得意かも」と思っていた心はすぐさまへし折られてしまいます(しかもそれで悟りが開けるわけでもない)

特に門のすぐ先にいる  \varepsilonイプシロン \delta (デルタ)がどうにも掴みようがなく、一向に心を通わすことができないのです。

 \varepsilon \delta 論法のはじまり

 \varepsilon\delta 論法は、19世紀にコーシーワイエルシュトラスといった数学者によって完成された解析学の論法です。

17世紀、ニュートンライプニッツによって微積分学が作られ、リンゴの落下から天体の運動まで微積分を使った方程式で記述できるようになり、自然科学に革命が起こされました。18世紀においても解析学の発展は続いていくのですが、しかし徐々に根本的な問題が浮かび上がってくるようになります。

微積分学で使われる概念や操作の多くは極限によって定義されています。例えば「 f(x) a において連続である」とは、数式では:

 \displaystyle \lim_{x \to a} f(x) = f(a)


と書き、これは「 x限りなく a に近づくとき、 f(x)限りなく f(a) に近づく」ということなのですが、これ自体では定義にならないのです。なぜなら「限りなく近づく」という操作ができたとすれば、その時点で「限りがあった」ということになって自己矛盾だからです。

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「定義なんかしなくても、連続かどうかなんて見れば分かるだろ」と思われるかもしれませんが、例えばこんな関数:

 \displaystyle
f(x) = \begin{cases}
1 &(x: 有理数) \\
0 &(otherwise)
\end{cases}


はどうでしょう?  x有理数のときだけピコンと  1 になる関数です。例えば  f(2/3) = 1,  f(\sqrt{2}) = 0 です。

明らかに不連続な感じがしますが、「限りなく近づくと…」が定義であるとすれば、例えば  x = 1/n なる有理数 n を大きくすれば  0 に限りなく近づいていき、その関数値は常に  1 なので「  f 0 において連続だ」…ということもできそうです。

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このように定義が曖昧だと、その概念を含む主張は真偽が判定できないのです。特にそれが定理である場合には、その上にどんどんと曖昧な議論が重なっていくことになり、どこに誤謬があるかも分からずいずれはバランスを崩して破綻してしまうでしょう。

こういうことが問題として意識されるようになったのは、現実に間違った議論が起きるようになったということだけでなく、時代を経るつれ「数学とは何か」という考え方が変わってきたことにもあるんじゃないかと思います。

古くピタゴラスは「この世界は数でできている」と信じており、ガリレオやニュートンの時代にも数学は常に自然と共にあったものが、次第に「自然とは独立な概念的な創造物」としての様相を強めていき「明確な定義こそが議論の出発点である」という前提が受け入られていきます。

それまで「神の領域」であった無限や極限も「概念として定義」できるようでないと数学はその独立性を樹立することができない…そうして19世紀(産業革命や市民革命の時代でもある)に  \varepsilon \delta 論法が作り上げられ、解析学の基礎となったのです。

 \varepsilon \delta 論法とは何か?

前置きが長くなりましたが(でないとこの先が唐突すぎて理解不能だからです)、早速  \varepsilon\delta 論法を使った 連続 の定義を見てみましょう:

 f(x) x=a で連続である  \Leftrightarrow
 \displaystyle 
\forall \varepsilon >0 \ \ \exists\delta>0 \ \ 
\forall x \ \  |x-a| \lt \delta \ \Rightarrow \ |f(x)-f(a)| \lt \varepsilon


うわ、これはキツい…
もう少し日本語っぽく書き下すとこうです:

「どんな  \varepsilon > 0 に対しても、  \delta > 0 を上手く取れば、 a との距離が  \delta 未満のどんな  x も、 f(a) との距離が  \varepsilon 未満の  f(x) に移るようにできる」


分かったような分からないような…しかしこれは「関数が  a で繋がっている」という直観的なイメージとはかけ離れています。なぜこれで「連続」が定義できたことになるのでしょう?

 \varepsilon \delta 論法を読み解く

まず「どんな…」とか「…を上手く取れば」とかを忘れて、  \varepsilon \delta小さな数 だと考えてください。また連続の定義は多変数の場合も同じなので、ここでは  f が平面の変換の場合を考えることにします(グラフで考えるよりも分かりやすいと思います)

定義式の後半の:

 |x-a| \lt \delta \ \Rightarrow \ |f(x)-f(a)| \lt \varepsilon


は、「 a を中心とした半径  \delta の円板は  f によって、  f(a) を中心とした半径  \varepsilon の円板の中に入る」ということです。

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これは「 a の近くの点は、 f(a) の近くに移る」というイメージと合っていますよね。でもこの「近さ」である  \varepsilon \delta が無関係だと、  \delta をどれだけ小さくとっても  \varepsilon をもっと小さく取れば、 \delta の円板の像は  \varepsilon の円板からはみ出てしまいます。

従って先に「移り先の近さ  \varepsilon」で決めた上で「移り元の近さ  \delta」を定める必要があり、これができるならばちゃんと「近くの点は近くに移る」と言えそうです。

そしてこの  \varepsilonどんなに小さく取ってもいい(もちろん  \delta はそれに応じて変わる)となっているので、イメージ通り「限りなく近く」ということができるのです!

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というわけでもう一度定義式と共にその意味を吟じてみましょう:

 f(x) x=a で連続である  \Leftrightarrow
 \displaystyle 
\forall \varepsilon >0 \ \ \exists\delta>0 \ \ 
\forall x \ \  |x-a| \lt \delta \ \Rightarrow \ |f(x)-f(a)| \lt \varepsilon


数式が意味を持って語りかけてくる感じになりましたか?

なぜこれが「定義」になるのか?

以上の議論が正しそうだということは分かっても、単に「限りなく近づく」を難しく言い直してるだけな感じがします。なぜこれが「定義」として成立すると言えるのでしょう。

「何が定義であって定義でないのか」を言うには「定義とは何か」すなわち「定義の定義」が必要になりますが、数学においてはシンプルで、定義とは条件のことです。つまり「 X A である」とは、  X に関する条件  P(X) があって、「 P(X) が真となる  X A という」ということです。

 \varepsilon\delta 論法では曖昧な主張がなく、どんな  f に対しても条件が成り立つか否かの二つになります。先ほどの例を見てみましょう:

 \displaystyle
f(x) = \begin{cases}
1 &(x: 有理数) \\
0 &(otherwise)
\end{cases}


これが  x = 0 において連続かどうか。適当に  \varepsilon を取った上で、  \delta を「  |x - 0| \lt \delta なる  x | f(x) - 1 |  \lt  \varepsilon となる 」ように取れるか見てみます。

 x = 0 の近くにはいくらでも無理数があるので( x = \sqrt{2}/n を考えればわかる)、どれだけ小さく  \delta を取ってもその範囲内に無理数  x が取れてしまい、  |f(x) - 1| = |0 - 1| = 1 \varepsilon 未満に抑えることができません。従って  f x = 0 で連続ではない、となります。

他の有理数無理数についても同様で、 f(x) は定義域全体で不連続となります。

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ではこれをちょっと変えて、

 \displaystyle
f(x) = \begin{cases}
1/p &(x = q/p) \\
0 &(otherwise)
\end{cases}


はどうでしょう?  x有理数のときに  1 ではなくその分母だけを返す関数です。例えば  f(2/3) = 1/3,  f(8/27) = 1/27 です。

これも明らかに不連続…と言いたいところですが、なんと有理数では不連続になるのに 無理数では連続 となるのです!

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(小さな  \varepsilon \gt 0 に対して、 f(x) = 1/p がその範囲内に入るには  p の刻みを細かくしていけばよく、無理数  x の近くでは細かな  p しか入らないように  \delta \gt 0 を小さく取ることができるからです。)

こういう例はイメージするのが難しいですが、「限りなく」のままでは判定不能だったものも  \varepsilon\delta 論法を使うことで厳密に連続・不連続が議論できるようになるのです!

いわば  \varepsilon は自在に小さくなれる特殊能力を持った「無限小の代理人」で、 \delta はその弟分みたいなものです。「どんな  \varepsilon > 0 に対しても…」の先は  \varepsilon \delta も「普通の数」として扱うことができるところがポイントです。

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 \varepsilon, \delta を可愛く感じるように描いてみた)

無限大についても同様

同様に「無限大の代理人」をたてれば、無限大に関する極限も定義できるようになります。例えば:

 \displaystyle \lim_{x \to \infty} f(x) = \infty \Leftrightarrow \\\
\forall M>0 \ \ \exists N>0 \ \ 
\forall x \ \  x \gt N \ \Rightarrow \ f(x) \gt M


この場合は  M, N が「無限大の代理人」で、いくらでも大きくなれる奴らです。

数列の極限も:

 \displaystyle \lim_{n \to \infty} a_n = \alpha \Leftrightarrow \\\
\forall \varepsilon >0 \ \ \exists N>0 \ \ 
\forall n \ \  n \gt N \ \Rightarrow \ |a_n - \alpha| \lt \varepsilon


と定義できます(数列は自然数から実数への写像と見れば同じです)

このように「無限小・無限大の代理人」を立てることで極限を「定義」でき、論証においてはそれらを「普通の数」として扱うことができる…これが  \varepsilon \delta 論法の本質なのです。

まとめ

なかなか取っつきづらい  \varepsilon \delta 論法ですが、慣れれば「人間には扱えない無限の世界」を簡単な手続きで扱えるようにするための方法なんだと納得できると思います。こうして土台がガチッと固まったことで、その先も解析学は実・複素ともに華々しく発展していくのです。

次回もまた何か解析学の基礎の話をしようかなと思います。
それでは、また!