31歳からの数学修士

一児の父、元エンジニア、現数学徒

中間報告 〜 勉学と育児の間で

こんにちは、1年ぶりの投稿です。明日からまた学期が始まるので、これまでのことを中間報告としてまとめておきます。

退職しました

昨年の4月、会社の「勉学休職制度」を利用して休職して大学院に入学したのですが、1年経過した今年の3月末に退職しました。理由はお金です。僕が不勉強だったのがいけないのですが、休職中は無収入であっても在職時と同額社会保険料を支払い続けなければいけないことを知りませんでした。

(参考: 休職中・休業中の社会保険料Q&A

大ヒットした芸能人やスポーツ選手が翌年の税金に苦しむという話はよく耳にするので、一年耐えれば翌年からガクッと下がるものだと思っていたのですが、それは給与から天引きされるうちの住民税であって社会保険料(健康保険料+厚生年金保険料+雇用保険)は別なのでした…

例えば月収が30万の場合は社会保険料は約4万円、50万の場合は約7万円です。これが無給であっても毎月取られ続けるのはかなり厳しい。

毎月会社からメールで「○○万円振り込んで下さい」と指示される額がやたらと高く「なんかおかしいか…?」と気づいたのが昨年の10月。当初の想定と大きく異なる負の勾配で減っていく貯金額に心を揺さぶられ続けました。何度か人事の方とも相談した上で3月末に退職することにしました。

僕としては社会人になってからも仕事を休んで学業に専念する期間を設けるキャリアプランを勧めて行きたかったのですが、これはかなりの障壁です。とりあえず多くの人が進まない道を進もうとする場合その先にどんな穴があるかは自分で調べておかないといけませんね…

1年延長します

在学期間を1年延長することにしました。修士課程は通常2年間なので、3年かけて2019年に修了予定です。このことを決めたのは6月で、理由は基礎的な学力が全然足りておらず、このまま進めたところで満足な研究成果は出せそうになかったためです。

数学徒なら多くの人が知っているであろう佐藤幹雄先生の有名な言葉があります。

「朝起きた時に,きょうも一日数学をやるぞと思ってるようでは,とてもものにならない。数学を考えながら,いつのまにか眠り,朝,目が覚めたときは既に数学の世界に入っていなければならない。どの位,数学に浸っているかが,勝負の分かれ目だ。数学は自分の命を削ってやるようなものなのだ」

「数学は体力だ!」より

フリースタイルダンジョンならクリティカルヒットもののカッコ良さです。佐藤先生にはお会いしたことはありませんが、僕の指導教官もまさにこういう感じなので、一流の数学者は皆そうなのだろうと思います。

でもこれは育児のある身にはつらい。

朝起きて、保育園の登園の準備をしながら娘に朝ごはんを食べさせ、着替えさせ、嫌がったりグズったりするのを上手くやりこめながら(ときには強引に)保育園へ連れていき、諸々のセッティングをした上で娘を保育士さんに預け、電車に乗って登校し、キャンパス内のカフェで「やれやれ、疲れたぜ」とアイスコーヒーを飲んでから「さぁ数学をやるぞ」…と思っているようではとてもものにならない、となってしまう。

一年以上も地に足のついた感覚のないままひたすら知識を詰め込み、毎週行われるゼミでは理解の甘さを詰められ、家族といるときでも「あれをやらないとやばい…」と常に追い詰められたような気持ちでいました。研究テーマは修士2年の夏休み前ぐらいには見えているべきものですがさらさら手応えもない。このまま先生にテーマを与えてもらって修士論文を書き上げたところで何か得られるものはあるだろうか、2年かけて修士号と引き換えに貯金だけでなく数学への情熱まで失ってしまいそうでした。

時間が足りないなら、時間を増やすのが正しい。これも厳しい決断でしたが、先生や妻とも相談の上で一年延長することにしました。

貯金の流出を食い止め、在学期間を延ばしたことで、ようやく安定した気持ちで勉学に取り組めるようになりました。土日は育児に専念しようと割り切れるようにもなり、家庭の雰囲気もよくなりました。

夏休み

入学以来、意識的に技術関係の情報はシャットアウトしていたのですが、夏休みぐらい良いかということで「プロ数LT」と「iOSDC 2017」に登壇することにしました。

プログラマのための数学 LT 会

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プログラマのための数学勉強会」は昨年の3月以来開催しておりませんでしたが、LTでも登壇してくれたハトネコエさんが

と、自ら「プログラマのための数学LT会」というスピンオフ企画を立ち上げてくれました。第1回が3月に開催され、第2回が7月に開催されるとのことで、ポチッと応募することにしました。

僕の発表は

www.slideshare.net

線形代数のみを前提知識として、代数トポロジーの面白さをプログラマにも体感してもらおうという試みです。久しぶりの登壇でテンション上がって発表時間を大幅に過ぎてしまいましたが、ホームな気分の中で好きな話ができて楽しかったです。

iOSDC 2017

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国内最大の iOS 開発者カンファレンス iOSDC。Twitter のタイムラインで CfP 締切り情報が流れてきたので勢いで エイヤ と出してみることにしました。

www.slideshare.net

この発表は1年前に書いた Swift で代数学入門 を元にしています。数学における抽象化と Swift における Protocol-Oriented Programming は綺麗に対応させることができるという内容で、既知の概念を拠り所にして数学の難しい話にも触れられるようにしてみようという試みです。

マニアックな人が数名聞いてくれればいいかなぐらいに思っていたのですが、会場は立ち見が出るほどの満席でした。2日目の昼過ぎで既に場が暖まっていたこともあり、自分がこれまでやってきた中で最高の盛り上がりでめちゃくちゃ楽しかったです。オーディエンスの投票で決まるベストトーク賞の4位を頂くことができました。

エンジニアの勉強会の雰囲気はやっぱ良いものだなと思いました。特に「あの人は本当に楽しそうに数学の話をするなぁ」と言ってもらえるのは、普段黙々と数学の勉強をしているときは分からなくて苦しんでることの方が多いので、「やっぱ俺は数学が好きらしい」と原点に立ち返れるので救われます。

夏休みは他にも北海道へ Applied Algebraic Topology 2017 に参加したり、代数的トポロジー 信州夏の勉強会 に参加したりと、充実した時間を過ごすことができました。

まとめ

まとめると「一年半経ってようやく良い感じになってきた」という感じです。

勉強と育児の両立は大変ですが、子供を授かったことも数学の道に戻ってきたことも自ら望んだことです。それなのに身の周りと比べて自分に子供がいることを足枷のように思ってしまうほど悲しいことはない。実際は子供ができたからこそ自分の人生を見つめ直し、もう一度数学をやろうと決められたのでした。

これまでの自分は少なからず競争を意識して生きてきましたが、今の環境では競争意識を持とうものなら惨めな思いをすることは明らかです。今は色々な制約のある中でもちゃんとベストを尽くせているか(夜更かしせずにちゃんと寝て毎日ベストコンディションで臨めているか、というレベルのこと)が自己評価の基準の大きな部分を占めるようになってきました。

夏休みの最後の週は家族でゆっくり過ごせたので、また明日から張り切って数学をやっていくぞ💪(と思ってるようでは…?)

「数学は役に立つ/立たない」について思うこと

世は数学ブームのようで近頃「役に立つ数学」といった記事や特集をよく目にします。一方で「数学は役に立たない」「三角関数なんか」といった文句も引き続き定番のようで、そういったシャウトが飛び出ては反論でタイムラインが賑わうのも見慣れた光景です。

僕は「数学は役に立つ」という事実はもちろん肯定しますが、「役に立つから文句言わずにやれ」とも「役に立つ必要なんかない」とも言いたくありません。

「数学が何の役に立つ?」と疑っている人でも、数学が本当に何の役にも立ってないとは思ってないはずです。科学者や技術者が数学を使ってることは知っているだろうし、現代の生活を支える技術に何かしら数学が関わっていることも想像できるはず。

疑っているのは「自分にとって」何の役にも立たないんじゃないかということなので、「○○に役に立つよ」と言ったところでその○○に興味を持てなかったらその気持ちは変わらないでしょう。

そもそもなぜ数学は「役に立つ/立たない」ばかりで語られるのでしょうか。例えば「サッカーは苦手だ」と言う人はいても「ボールを蹴ってゴールに入れるスキルが何の役に立つ?」なんて言う人は見たことありません。それは数学を学ぶべき理由として「役に立つ」ということしか与えられていないからなんじゃないかと思います。

生きていく上では何かしら社会の役に立っていくことは必要なので、「役に立たなくたって良い」なんていうのは大人として無責任だと思います。しかし「役に立つ」スキルを一通り身につければ直ちに社会の役に立つことができるかというと、なかなかそう甘いもんでもないようです。

僕は学部時代(9年前)にこのことでかなり悩んでいました。僕が好きな数学は「役に立つ数学ではない」と思っていましたし、数学を役に立てることにも興味はありませんでした。しかしそんなことを言いながら生きていけるか、充実した人生を送れるかというと全く現実感がない、これはどうしたものかと鬱屈とした日々を送っていました。このままではどうにもならないと、大学院には進学せず逃げるようにして数学から離れました。

その後の9年間、ベンチャー企業から500人規模、5,000人規模の企業で働いて学んだのは「役に立ち方」というのは実に多様で「何のスキルを持っているか」だけで規定されるようなものではないということです。活躍している人はその人なりの芯(アイデンティティユニークネス、ビジョン)があり、やりたいこと/やるべきことを遂行する上で必要な知識やスキルは躊躇なく吸収し体得して行く。そしてそのプロセスを楽しんでいる。「役に立つ/立たない」なんて曖昧な判断基準で悩んだりしていないようです。

僕もソフトウェアエンジニアとして働く中で、数学が直接仕事に役に立ったことはほとんどありません。しかし数学によって培われた思考力(忍耐力)や美的感覚は開発や設計において常に活きていたと思います。「俺は数学をやってきたんだ」という自負も自分を強く支えてくれるものでした。

「数学は役に立つ」というと、その知識が直接仕事に使えなければならないような気になりますが、その狭い意味において数学が役に立つ仕事は限られています。より広い意味での「役に立つ」については、数学に限らず、何かを深く学んだ経験全てについて言えることなんだろうと思います。

「役に立つ知識」は大切ですが、そればかりだとつまらないし、皆同じような働き方になっては個人としても集団としてもユニークな「役に立ち方」はできなくなるんじゃないかと思います。

もし将来子供(現在2歳)が「数学って何の役に立つの」と退屈そうな顔で聞いてきたら、「そりゃまぁ色々あるけど、それが見つかってからでないとやる気しないんなら、それを見つけることを優先したらいいよ」とでも答えるのがいいかなと思ってます。

大学は今日から後期スタートです。 (追記: 来週からでしたw)


追記: レスポンスを頂きました。ありがとうございます!

メビウス変換で「無重力フライト」してきたぜ

だいぶ時間が経ってしまいましたが、2月に開催された HackDay 2016 で「ぬるぬる動くメビウス変換」を作った話と、その賞品として獲得した「無重力フライト体験」について書きます。

ぬるぬる動くメビウス変換

昨年の Open Hack Day 3では発泡スチロール製の「リーマン球面」を作りました。また今年も数学ネタでやろうということで複素友人の堀川くんを誘って、再び「リーマンズ」というチーム名で HackDay 2016 に参戦しました。

堀川くんは Pov-Ray でリーマン球面上のメビウス変換を可視化するアニメーションを作っていたので、これを物体として目に見えるようなものを作ったら面白いだろうと。前回と同じ球体を使っては面白くないので、今回は Gakkenワールド・アイ という球面ディスプレイを使うことにしました。

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これ、液晶が球面になっているのではなく、球面のスクリーンに内臓のプロジェクターで映像を映すようになっているんです(なので安いし軽い)。いざモノを手に入れて、さてどうやってここに図形を投影するんだろうと悩んでいると、堀川くんはあっさりと「立体射影なんだからそのまま複素平面を映したらええんちゃいます?」と言うのです。

はっ!

製品自体が立体射影をやってくれてるんだから、複素平面を投影すればそのままリーマン球面として映し出される訳ですね! (詳しくはこちら → リーマン球面 - Wikipedia

24時間の開発

http://c01.newswitch.jp/index/ver2/?url=http%3A%2F%2Fnewswitch.jp%2Fimg%2Fupload%2FphpH1Zssv_56c19add57ae2.JPG

引用: 強烈な個性のぶつかり合い!日本最大級ハッカソンを制したのは?

本番は2月13日〜14日。85チームがエントリーし、24時間でプロトタイプを開発して、直後に舞台で片っ端から90秒ずつプレゼン。上の写真は開発中に取材を受けたもので、テンパってるときに撮られたので「うるせーな、早くどっか行け」みたいな顔してます(態度悪くてごめんなさい)。

堀川くんが映像の部分を作り、僕は Leap Motion を使ってジェスチャーで球面を操作する部分を作りました。実際に想像した通りに動くようになるとなかなか興奮するものがありました。

そして本番!

http://blog.sideriver.com/flick/images/2016/02/18/img_5200.jpg 引用:「僕らはサービスを作れる!!」Yahoo! HACKDAY 2016開催!(中編) #hackdayjp | フリック!ニュース /Flick!News

僕らは85チームあるうちの7番手でした。もちろん観客や審査員に対してリーマン球面やメビウス変換を既知とは仮定できないので、90秒のプレゼンの中でちゃんと説明から入りました。リーマン球面上のメビウス変換を可視化し、手をグッと握ると楕円型/双曲型から放物型に退化して不動点が1点に潰れる様子をデモしました。

こちらが本番の動画です:

こちらはプレゼン後に展示スペースで撮影したものです:

展示スペースには子供も何人か来て楽しんでくれました。大人は「これは何の役に立つの?」などとツマラヌこと聞いてくるのに対して、子供は純粋に作品を楽しんでくれるので良いですね。

まさかのゴールド賞

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「ぬるぬる動くメビウス変換」、なんとゴールド賞を受賞してしまいました。そもそも賞を取ることは全く期待しておらず(むしろ賞狙いハッカソンへのアンチテーゼのつもりでやってた)、チーム名を呼ばれたときには大変驚きました。

審査員の一人である石黒浩先生からは、

「普通の人はこんなモン何の役に立つんだと思うかもしれませんが、数学がどんだけキレイかということが数学が人を惹きつける理由で、そこから普通の人では成しえない面白いものを見つけていくんだ」

と講評を頂きました。イイネ100回連打したくなります。

賞品はなんと日本宇宙フォーラムによる「簡易無重力実験」。これはテンション上がります。ちなみに「ゴールド」は2番手で、「グランプリ」は賞品がシリコンバレーツアーだったのですが、どう考えても無重力フライトのほうがアツい。

無重力フライト体験

という訳でハッカソンから3ヶ月後の5月14日、無重力フライト体験してきました!

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飛行場は名古屋。午前中に説明を受けてから飛行服(?)に着替え、昼過ぎにいざ離陸。1回20秒ぐらいの無重力状態を2組で交代で計8回。急上昇中は 1.8G がかかり脳天の血がグワーッと引いていき、そこから一気にエンジンを切って放物落下させることで15秒ほど無重力状態になります。体が宙に浮く感覚は実に不思議で、クルクル回ってると自分がどこにいるのか分からなくなります。無重力状態が終わるとボテッと落ちます。

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いやぁ、何とも得難い体験をさせてもらえました。人生、何か目標に向かって頑張るのも大事ですが、単に面白いと思うことを追求してたら全く予想もしてないところへ導かれるということもあるようです(?)

ちなみに一般の人でも申し込めば無重力フライト体験できるようです。金額については各自ご確認下さい → 日本宇宙フォーラム | その他のサービス | 無重力簡易実験

数学ハッカソン

ITを使って数学を表現するのはとても楽しいです。最近は Processing でジェネラティブアートを作っている方や、VRでζ関数の上を歩けるものを作っている方など色々と見かけるので、「数学ハッカソン」を開催したら盛り上がるんじゃないかと妄想しています。夏の終わりにでもやってみようかなと思うので、興味のある方はウォッチしててください。

それでは、また!